ショコラ・ルブル
何にもない原っぱを男がひとり歩いています。男は画家で、旅の途中でした。
ちょうどそこに二羽のひわがヒューと飛んできて、楽しそうにさえずりました。
画家がそのさえずりに耳をかたむけると、二羽のひわはこんな話をしていました。
「ほんとにあの実はおいしかったね」
「うん。ほんとにおいしかった。君はおい
しいものを見つける天才だね」
「まぁ、それはどうもありがとう」
二羽のひわはまた仲良く飛んでいきました。
画家の姿もやがて原っぱから見えなくなりました。
原っぱには小さな鳥のふんがひとつ残りました。
ある日、その小さなふんから小さな種が顔をのぞかせて、小さな芽を出しました。
そして小さな芽から小さな葉っぱが二つ…そのうち小さな木になりました。
小さな木は、春になると、小さな白い花をたくさん咲かせました。夏になると、小さな白い花は小さな実になりました。秋になると、小さな実はすっかり熟して、いい色になりました。
けれども、誰も小さな木の実を食べに来てくれません。小さな木は、遠くからでも気づいてもらえるように、一生懸命おいしそうな実のにおいを風にのせてみました。それでもやっぱり、気づいてくれるものはありませんでした。
秋の終わる頃、冷たい雨がしとしと降りました。小さな木の実は、ぐっしょり濡れてしまいました。私には、小さな木が泣いているように見えましたが、雨のせいかもしれません。
冬になると、葉はすっかり落ちてしまいましたが、小さな実はまだ枝にしっかりと残っていました。
ある晴れた日、画家がまた通りかかりました。
画家は何もない原っぱに、小さな木が一本、冬のやわらかな陽射しをうけて金色に輝いているのを見ました。画家は「ほぅ」と小さく息をもらし、少し離れたところに腰かけて、キャンバスとクレヨンを取り出しました。
ちょうどそこに二羽のひわがヒューと飛んできました。そして小さな木の枝にファサッと並んでとまると楽しそうにさえずりました。画家がそのさえずりに耳をかたむけると、二羽のひわはこんな話をしていました。
「いいにおいがする…」
「でも今頃まで実があるなんて、どういうことだろう?」
「ちょっと食べてみましょう」
二羽のひわは、おそるおそるついばみました。
「おいしい!」
「わぁ、こんなの初めて食べるね」
二羽はすっかりさえずるのをやめて、夢中で小さな実をついばみはじめました。
しばらくして、おなかがいっぱいになった二羽のひわは、
「こんなにいっぱいあるんですもの。みんなにも持っていってあげましょう」
「そうだね。それがいいよ」
と言って、くちばしいっぱいに実をくわえ、どこかへ飛んでいきました。
画家は小鳥がポトリと落としていった実をひとつ食べてみました。
それは最初ほろ苦く、だんだん甘くとろけるのでした。
「ほほぅ」画家は小さく息をもらすと、
「これは素敵なお土産ができた」とニコニコしながら、コロンと落ちている実を拾いはじめました…。
画家の姿はやがて原っぱから見えなくなりました。
原っぱには、小さな木が一本、残りました。私には、小さな木が金色の陽射しの中で笑ったように見えましたが、風のせいかもしれません。
やがて雪が降り始め、原っぱも一面の銀世界になりました。小さな木には、小さな、小さなつぼみがつきはじめていました。