デンマークの代表的な童話作家、アンデルセン人魚

その印象的なシーンを七宝焼で表現しました。

どうぞ、新たに書き起こしたおはなしとあわせてご覧ください。

Den Lille Havfrue 人魚姫      size  :  375×413mm( 額:490×530×45mm ) / material  :  銅、七宝 ( 2012 )

はじめて見る光景に驚いて、目を見はっていると、

花火の光で美しい王子がはっきりと見えました。

ひいさまは目を離すことができませんでした。

一目で恋に落ちてしまったのです。


どれくらい時間がたったのでしょう。

だんだん雲行きが怪しくなり、

みるみる海が荒れ始め、嵐になりました。

船はまるで木の葉のように波に飲み込まれ、

船上の人たちはみんな海に投げ出されました。

ひいさまは慌てて王子を探し出し、

なんとか波の上までおつれすることができました。


夜が明ける頃には嵐もやみ、

ひいさまは近くの浜辺に気を失った王子を

そっと寝かせました。

まもなく、人の来る気配を感じたひいさまは、

王子の額にそっと接吻すると、

急いで海に帰りました。

人魚は人に見られてはいけない掟なのです。


海の底に帰っても、

ひいさまは王子のことが頭から離れず、

会いたくて会いたくて、

そのつらさでだんだん元気がなくなっていきました。

おばあ様もお姉様も心配していましたが、

「あきらめるよりほかはないよ」と言うばかりです。


ひいさまはあきらめきれず、

むかし人間に恋をしたことがあるという

魔女のところに相談に行きました。

私がまだ小さかった頃、

よくひとりでシャボン玉遊びをしていると、

大気の精がいろいろなお話を聞かせてくれました。


これは、はじめて大気の精がしてくれたお話です。


深い深い海の底に、珊瑚と貝でできた

美しいお城がありました。

そこには、人魚の王様とそのお母様、

そして六人の人魚の姫たちが

歌を歌ったり、花を植えたりして

楽しく暮らしていました。


人魚は15才になると、

海の上の世界を見ることが許されます。

末っ子のひいさまはお姉様たちから

海の上の世界の話を聞くのが大好きで、

15才になるのを本当に待ち遠しく

思っていました。


そしてやっと15才になり、

一目散に海の上に出たときのことです。

美しい花火がいくつも上がり、

その光を浴びた船上では若い王子の

誕生祝いが行われていました。

魔女はひいさまの話を聞くと、

「人間になりたいんだね…。ばかな子だよ。

まぁ、恋とはそういうもんだ、仕方がない。

お前さんの声と引きかえなら、

ひれが足になる薬は作ってやれるが、

本当の人間になるには、その王子から

永遠の愛を誓ってもらわなくてはならないよ。

もし王子が他の誰かを愛してしまったら、

お前さんは海の泡となって消えてしまうからね。」


それでもひいさまは、自慢の美しい声と引きかえに

その秘薬を作ってもらいました。


魔女は薬を手渡すときに静かに言いました。

「わたしもそのむかし、人間に恋をして

声とひきかえに足をもらったけれど、

結局その人から永遠の愛を誓ってもらえなくてね、

今度はその人のいのちと引きかえに

海に帰ることを選んだ。

わたしはね、愛する人のいのちを奪ったんだ。

だから、死んだら海の泡になることもできず、

永遠の虚無に飲みこまれるのさ。

だけどこれっぽっちも後悔なんかしちゃいないよ。

ま、お前さんの恋は実るといいね。

人間はみんな、真実の愛から生まれた

永遠のたましいというものを持ってるらしくてね、

私たち海の泡から生まれたものには、

最初からたましいなんてものはないけれど、

人間の愛を得たものにはたましいが宿ると言うよ。

いいかい、お前さんの目は言葉よりも深く語れる。

お前さんの献身は言葉よりも厚く語れる。

覚えておおき。」

ひいさまは秘薬を受け取ると、

お城のみんなにこっそりとお別れを言って

海の上に急ぎました。

泡になる怖さなどありませんでしたが、

愛する家族と二度と会えないと思うと

つらくて決心も揺らぎそうだったので、

それをはらいのけるように

力いっぱい泳いでいました。


王子がいるお城の近くの岸に着くと、

ひいさまは一気に薬を飲みました。

その瞬間、体が引き裂かれるような痛みで

気を失ってしまいました。

少しずつ頭がはっきりしてくると、

なんと目の前に王子がいて、

心配そうな顔でのぞいております。

王子はいろいろとたずねましたが、

声を失ったひいさまは何も答えることができず、

ただただ見つめておりました。

王子はやさしく笑いかけると、

ひいさまの手をひいてお城へ連れて帰りました。


王子はひいさまのことを『浜で拾った宝物』

と言って大事にしました。

ひいさまにとって、それはそれは幸せな時間でした。

あの嵐の夜のできごとや、どうして声を失ったかを

伝えられないつらさはありましたが、

王子のそばにいられるだけで十分でした。


けれども幸せな時間はそう長くはありませんでした。

王子と遠い国のお姫様との縁談が決まったのです。

王子はひいさまに「僕が結婚しても、

お前はこれまでと変わりなく大事にするから、

何も心配することはないよ。」

と優しく声をかけてくれましたが、

ひいさまの胸は悲しみと絶望で張り裂けそうでした。

けれども、涙も声も出せないひいさまは、

ただ力なく微笑むしかありませんでした。

王子とお姫様の結婚式は船上で

華やかに行われました。

ひいさまは、ふたりのために

今までで一番美しい踊りを舞いました。

それから美しい花火が打ち上げられるのを見て、

ひとりで初めて海の上に出た晩のことを

思い出していると、人魚のお姉様たちが

船のそばまで来ていました。


お姉様たちは美しい髪と引きかえに

魔女からもらったという短剣を

ひいさまに渡して、こう言いました。

「夜明けまでに、この剣で王子を殺せば、

また人魚になって海に帰ることができるのよ。」


ひいさまは王子を殺してまで

海に帰りたいとは思いませんでした。

王子のとなりにいないつらさを思えば、

泡となって消えてしまうほうがいいと

思っていたのです。


夜が明ける前に、ひいさまは

王子とお姫様の幸せを祈りながら、

人知れず海に身を投げました。

たちまち、ひいさまの身体は

冷たい海の泡となって溶けてゆきました。

ちょうどそのとき、

夜明けの最初の光がやわらかく、

あたたかく、その泡に注がれました。

ひいさまは死んでいくような気はしませんでした。

お日様の光がひいさまを包み、

空へと引き上げてくれたのです。

ひいさまはお日様に向かって光る手をさしだし、

生まれて初めて涙を流しました。


そして船上で王子とお姫様が

自分を探してくれているのを見ると、

ふたりの額にそっと接吻をし、

周りのたくさんの大気の精と一緒に

空へとのぼってゆきました。


ひいさまは自分の周りに漂う大気の精に、

「わたしは死んでしまったのでしょうか?」

とたずねました。

「いいえ、あなたはわたしたちと同じ、

大気の精になったのです。

これから300年の月日をかけて良い行いをつめば、

永遠のたましいを授かることができるでしょう。


その300年というのも、

子供たちの笑顔を見て喜べば一年へり、

逆にかわいそうな子供を見て悲しんで

涙を流せば一年のびてしまいます。」

どんどん高くのぼっていきながら、

大気の精は歌うようにいろいろなことを

教えてくれました。


それから300年をかけて、

ひいさまは大気の精として、

真実の愛というものを

学んでいくのですが、

そのおなはしはまた今度…

これが、はじめて大気の精がしてくれたお話です。

http://www.creema.jp/exhibits/show/id/154912